映画『わたしに会うまでの1600キロ』が物足りない理由

年末に、『ダラス・バイヤーズクラブ』を手がけたジャン=マルク・ヴァレ監督の最新作『わたしに会うまでの1600キロ』を観ました。

ハイキング初心者が挑んだ実話

原作は、シェリル・ストレイドさんの回顧録『Wild: A Journey from Lost to Found』。

シェリルさんは離婚や最愛の母の死のショックを乗り越えるべく、1995年にアメリカの三大長距離自然歩道の一つパシフィック・クレスト・トレイル(PCT: Pacific Crest Trail)のハイキングを敢行。PCT は全長2,663マイルで、北米大陸の西海岸を貫いています。

Pacific crest trail route overview.png

( “Pacific crest trail route overview” by w:USFS and EncMstr – Adapted from http://www.fs.fed.us/pct/pdf/Large_PCT_Map.pdf. Licensed under Public Domain via Wikimedia Commons.)

しかし、長距離ハイキングという困難に打ち勝つことによって人生の苦難を乗り越えようとする女性の物語はとても興味があったのですが、映画自体は少し物足りなく感じてしまいました。

フラッシュバックが多すぎた

その後、年末に自宅で『実は観ていなかった映画祭』を催していた時に、『十二人の怒れる男』(1957)を観て、私が『わたしに会うまでの1600キロ』に感じた「物足りなさ」が何かわかりました。

十二人の怒れる男』は、父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、12人の陪審員たちが評決に至るまで徹底的に討論する様子を描いた法廷ドラマです。

これがめっちゃ面白くて、なんで陪審員たちが議論する様子しか映し出されないのにこんなに面白いのかと考えたのですが、情報が小出しにされるスリル感があったように思います。事件現場のフラッシュバックなど一切ないのに、陪審員たちのセリフの端々から、事件当日の様子やその背景が、ありありと思い描けるのです。

そう考えると、『わたしに会うまでの1600キロ』は前半からフラッシュバックが多く、後半になっても情報量があまり変わらなかったように思います。

わたしに会うまでの1600キロ』もフラッシュバックを一切取り払って、他のハイキング仲間との会話などから彼女のぶつかった困難などを徐々に明らかにさせた方が、もしかしたらもっとドラマ性の高い作品になっていたかもしれません。一歩間違えると単調な映画に陥る危険性はありますが、『十二人の怒れる男』がそれを実現させたことを思うと、不可能ではなさそう。

前作の『ダラス・バイヤーズクラブ』がめちゃめちゃ良かっただけに、ちょっと惜しいです!

観てよかった名作

 

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