瞬きだけで綴られたベストセラー回顧録が原作の映画『潜水服は蝶の夢を見る』

ジェガーさんが入院していた間、夜は一人で家で過ごしていたのですが、その時にずっと前から気になっていてなかなか観る機会がなかった映画をいくつか観てみました。

そのうちの一作が、映画『潜水服は蝶の夢を見る(The Diving Bell and The Butterfly)』(2007)。映画の好みがぴったり合う私の親友の一番好きな映画の一つがこの作品で、いつか観てみたいとずっと思っていたのです。

この映画は、ファッション雑誌『ELLE』の編集長だったジャン=ドミニク・ボビー(Jean-Dominique Bauby)さんの身に実際に起こった「ロックト・インシンドローム(閉じ込め症候群)」の経験が元になっています。

【ロックト・インシンドローム】
locked in syndorome(閉じ込め症候群)
無動言語症 akinetic mutism に類似して、無動、無言であるが、意識は鮮明であり、随意的な眼球運動や瞬目が保たれている状態。

ロックト・インシンドロームとは脳梗塞の一種に分類され、脳底動脈が梗塞を起こすことで脳幹の神経節が機能を喪失し、前進の骨格筋が麻痺、ほぼすべての運動機能を喪失する。まさにそれは自由の利かない自分の身体という外殻の内側に、心が閉じこまった状態で、脳梗塞の中で最も重度のものと分類されるが、症例は極めて希少のようである。

via 映画『潜水服は蝶の夢を見る』オフィシャルサイト

ジャン=ドーさんの場合、唯一動いたのが、左目のみ。その状態から、「瞬きを2回すると Yes、瞬きを1回だけすると No」というルールをもとに人々と会話する術を身につけ、ついには自伝まで執筆。そのタイトルが、『潜水服は蝶の夢を見る(The Diving Bell and The Butterfly)』となっています。

瞬きだけで言葉を操るだけでも相当大変なのに、ましてや本まで執筆するなんて、普通では考えられないことです。でもジャン=ドーさんは、たとえ身体の自由が奪われても思考の自由は奪えないことを、瞬きで世間に証明されました。

映画は主にジャン=ドーさんの左目の視点から描かれていて、芸術的な世界観が感じられますが、ジュリアン・シュナーベル(Julian Schnabel)監督はもともと新表現主義の画家でもあります。

1970年代終わりのニューヨークで、若き画商メアリー・ブーンに見出され、ジャン・ミッシェル・バスキア、デビッド・サーレ、フランチェスコ・クレメンテらと共に1980年代新表現主義の画家として、時代の寵児の如く遇されたジュリアン・シュナーベルは、1996年、共にその時代を過ごした盟友バスキアの彗星の如く現れ去っていた短い半生を、ウォホールが君臨した80年代ニューヨーク・アートシーンと共に、P.I.Lのエッジの効いた「パブリック・イメージ」の攻撃的なリズムにのせて描き、映画界で鮮烈なデビューを飾った。

via OUTSIDE IN TOKYO / ジュリアン・シュナーベル『ミラル』インタヴュー

『潜水服は蝶の夢を見る』制作にあたっても、彼のアーティストとしての人々との関わりがやはり大きなきっかけになっていたようです。

私にはフレッド・ヒューズという、アンディ・ウォーホルのファクトリーをマネジメントしていたとても仲のよい友人がいた。フレッドはアンディと同じく、パリのシェルシェミディ15番通りに住んでいた。アンディが死んだ後、フレッドの硬化症は次第に悪くなって、パリに来られなくなり、とうとうニューヨークのアパートから出られなくなった。彼はレキシントン・アヴェニューの90番通り付近に住んでいた。そして結局、アパートのまん中に置かれたベッドで人生を終えたんだ。まるでディケンズの小説「大いなる遺産」の、ミス・ハヴィシャムのようにね。私はベッドに横たわった彼を見舞いに行っては彼に本を読んだものだった。彼はもう喋ることができなかった。私が本を読む間、彼はただそこに寝て、私のことを見つめていた。そして彼の看護師だった男が私に「潜水服は蝶の夢を見る」の本をくれたんだ。私がいつもフレッドに本を読んであげていたからね。

via 映画『潜水服は蝶の夢を見る』オフィシャルサイト

この公式サイトのインタビューでは、以下のくだりもとても印象に残りました。

夢の中の人生と現実の違いがどこにあると言えるだろうか。病気の時にはそんな風になる。私の父もそうだった。私達は人の心配の対象となり、やがて存在感を失う。これは誰の身にも起こることだ。誰か知っている人が病気だったことがあるかもしれないし、自分自身が病気になったり、または老いていったりする。それは意識の問題だ。ある意味では、ジャン=ドーが言ったのはこういうことだ。「健康な時には私は生きていなかった。存在しているという意識が低く、極めて表面的だった。しかし私は再生した時、”蝶の視点” を持ち復活し、自己を認識する存在として生まれ変わった」。こうして彼は偉大な文筆家となったんだ。

via 映画『潜水服は蝶の夢を見る』オフィシャルサイト

『潜水服は蝶の夢を見る』をずっと観たいと思っていて、今まで長引いてしまいましたが、ジェガーさんの手術や入院の経験を経て、今ちょうどジェガーさんや私の人生との向き合い方も変わりつつあるところなので、このタイミングでこの作品を観られて良かったです。